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第83話 マルセル・モーンを探したら、三か月前まで死者のふりをしていました

last update publish date: 2026-10-27 09:55:03

第83話 マルセル・モーンを探したら、三か月前まで死者のふりをしていました

 マルセル・モーンという人間について私たちが確実に知っていることを一枚の紙へ並べてみると、十九年前には月印監査院の医療中枢へ所属し、五歳だった私の白狼封印処置に立ち会い、十一年前には正式な研究職を離れているにもかかわらず、その後も七年前、三年前、そして三か月前に至るまで、北境第三静養所で彼の旧医療権限と一致する認証が使用され続けていたという、普通に考えればかなり不自然な人物像が出来上がった。

 さらにノアが覚えている医療担当Mは、年配で白髪が多く、青い目をしていて、注射が上手く、左手に傷があり、触られると手が冷たかった。

 現存するマルセルの古い職員写真にも、左手の甲から手首にかけて傷が確認できる。

 それだけなら同一人物を疑うには十分だが、認定するには足りない。

「そして、ここへ新しい情報が加わります」

 ユアンが王都から取り寄せた戸籍記録を机へ置いた。

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    第84話 監査官を殺すより、監査結果を信じられなくすればいい 私が一度も書いた覚えのない文章へ私自身の署名が付され、「古代原典の一部は王権制限を目的として意図的に再構成した」と記載された偽造頁が、独立鑑定へ送る資料の中から発見されたという報告を受けたとき、最初に感じたのは恐怖より怒りだった。 誰かが私を殺そうとすることには、ここ数週間で嫌になるほど慣れてしまったと言えばおかしな話だが、襲撃者なら捕まえられるし、毒なら成分を調べられるし、刻印を偽造されたなら亀裂を見つけられる。しかし、「リア・ヴェイルは政治目的のため古代資料を書き換えた監査官である」という疑いを一度社会へ撒かれた場合、それを完全に回収することは、焼かれた紙を復元するよりずっと難しい。「問題の頁を原本から隔離し、誰が最初に触れたのかを時刻順で全部出してください。それから私の署名について、通常の筆跡照合だけではなく、月印認証と使用されたインク、紙の年代、押印圧まで分けて調べます」 私は王都から送られてきた複製映像を見ながら指示を出した。 ユアンがすぐ隣で補足する。「偽造頁が見つかった箱そのものは、北境から直接発送した複製ではありません。北境原本を王都の中継監査所で再複製し、独立鑑定員へ配布するため十二部へ分けたうちの一部です」「つまり、北境を出たあとに混入した可能性がある?」「あります。ただし北境で作成した複製そのものが差し替えられていた可能性も、まだ排除できません」「では、私たち側の保管記録も全部止めて確認します」 セレーネが困惑した顔をした。「でもお姉様、原本はここにあるでしょう。偽造頁と見比べれば、どっちが本物かすぐ分かるんじゃないの?」「私たち自身は分かります」「だったら」「外の人も同じように信じてくれるとは限りません」 私は自分でも嫌になるほど、その言葉を冷静に言えた。「私が『こちらが本物です』と示して

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    第83話 マルセル・モーンを探したら、三か月前まで死者のふりをしていました マルセル・モーンという人間について私たちが確実に知っていることを一枚の紙へ並べてみると、十九年前には月印監査院の医療中枢へ所属し、五歳だった私の白狼封印処置に立ち会い、十一年前には正式な研究職を離れているにもかかわらず、その後も七年前、三年前、そして三か月前に至るまで、北境第三静養所で彼の旧医療権限と一致する認証が使用され続けていたという、普通に考えればかなり不自然な人物像が出来上がった。 さらにノアが覚えている医療担当Mは、年配で白髪が多く、青い目をしていて、注射が上手く、左手に傷があり、触られると手が冷たかった。 現存するマルセルの古い職員写真にも、左手の甲から手首にかけて傷が確認できる。 それだけなら同一人物を疑うには十分だが、認定するには足りない。「そして、ここへ新しい情報が加わります」 ユアンが王都から取り寄せた戸籍記録を机へ置いた。「マルセル・モーンは、書類上では二年八か月前に死亡しています」 私は思わず顔を上げた。「二年八か月前?」「はい。三年前の事件より四か月ほど後です。死亡場所は王都東区の個人療養院で、死因は月脈性心不全、享年六十八歳。遺体確認者は療養院医師一名、監査院元職員一名、そして遠縁の親族一名となっています」 セレーネが眉を寄せた。「それなら、エリアス院長が四年前を最後に会っていないと言っていたのはおかしくないの?」「叔父と甥だから、死ぬ前に必ず会うとは限りません」 私は答えた。「ただ、院長が叔父の死を知っていたかは聞く必要があります」「知らなかったら、それも変じゃない?」「かなり変です。でも、家族関係が疎遠だった可能性もあるので、まず聞きます」 カエルが隣から死亡証明を覗き込んだ。「遺体は埋葬されてい

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    第82話 母の記録には、カエルが三年前に死ぬ未来が何通りも残っていました カエル・ドラヴェンが本来の自然接触時期まで私と出会わなかった場合、死亡する確率は六八パーセントだったという月鏡の記録を初めて見たとき、私は無意識のうちに「三年前の誰かが、カエルが殺される未来を知っていたのではないか」と考えていた。 けれど、第零資料室で月鏡そのものが未来を一つだけ見通す神具ではなく、血統、月脈、生活環境、過去の選択から膨大な未来候補を計算する装置だったと分かった以上、その六八という数字についても、誰か一人に殺される確率なのか、病死なのか、戦死なのか、それとも複数の危険をまとめた数字なのかを分けなければ、また自分たちに都合のいい物語を作ることになる。 そこで私は翌朝、眠る母セラの中へ保存されている「R.V.未来記録」そのものではなく、その外側へ複製された月鏡演算索引だけを読み取る許可を申請した。「昨日と同じ制限でお願いします。母本人の人格記憶へは入らず、月鏡から受信した未来候補の目録と、その計算条件だけを確認します」 老医師は構造図を見ながら頷いたものの、今度は少し難しい顔をした。「昨日の外部証言殻よりは一段深い場所へ入ります。セラ夫人自身の記憶には触れませんが、月鏡記録と本人神経系の境界に近いため、反応が上がった場合は自動停止させます」「母が目を覚ます可能性は?」「この処置だけなら非常に低いでしょう。ただし、以前お伝えしたとおり、セラ夫人の内部記録には現在二十四歳のリア監査官に関する更新まで届いていますから、月鏡側があなたを認識して何らかの応答を返す可能性までは否定できません」 その言葉を聞いたカエルが、通信鏡の向こうから眉を寄せた。『俺の王血は近づけないままでいいんだな』「はい。あなたは地上から通信参加です。昨日と同じく保存区画側へ映像も音声も返しません」『それなら従う。ただ、今回は俺自身の死亡予測を読むんだろう。内容によっては途中で俺にも選ばせてくれ』

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    第81話 犯人は監査院の中にいる――でも、内部権限を持つ人間全員を犯人にはできません 月印監査院中央資料庫への襲撃から一夜が明けても、王都ではまだ焦げた紙と月銀溶剤の臭いが建物の奥へ残っているらしく、北境第三静養所へ送られてくる通信映像の向こうでは、煤で黒くなった壁を背にした監査官たちが、眠っていない顔で一人ずつ自分の権限鍵を提出していた。 私はその映像を見ながら、昨夜から何度目になるか分からない濃い茶を口へ運び、すぐ隣からカエルに「それを飲み終えたら一度水を飲め」と言われたものの、今は返事をしている余裕がないという顔をしたところ、「返事を省いても聞こえていないことにはならないぞ」と追加されたので、仕方なく水差しへ手を伸ばした。「あなた、共有を閉じてから私の生活管理が細かくなっていませんか」「以前は刻印越しに疲労が分かったから、ここまで言葉にする必要がなかっただけだ。今はお前が平気な顔で三時間同じ椅子へ座っていても、本当に平気なのか分からないから聞いている」「監査中に三十分ごとに水分確認されると集中が切れます」「昨日、昼食を一時間半の休憩だと約束したのに四十分で資料を開いた人間が、自己管理について俺へ文句を言う権利はあまりないと思う」「細かいところまで覚えていますね」「お前相手では覚えていないと負ける」 向かいで認証履歴を整理していたユアンが、笑うべきか黙るべきか迷ったような顔をしたので、私は彼へ「今の会話は監査記録へ入れなくて構いません」と伝えた。「僕も入れるつもりはありませんでしたが、リア監査官の水分摂取量まで監査記録へ残すようになったら、さすがに業務範囲を見直したほうがいいと思います」「そうしてください。それより、四本の院長代理鍵について進展はありましたか」 ユアンはすぐ仕事の顔へ戻り、壁面へ四つの認証波形を映した。「現在有効な院長代理鍵は、第一副院長エドガー・ロウ、第二副院長ミリア・フェン、中央法制監査長ガルド・ヘイン、それからエリアス

  • 運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました   第80話 月印監査院が燃えた夜、守られたのは人ではなく「運命の記録」でした

    第80話 月印監査院が燃えた夜、守られたのは人ではなく「運命の記録」でした 王都の月印監査院中央資料庫が襲撃され、古代接続研究、月鏡、白月原典に関係する保管区画だけが集中的に破壊されていると知らされた瞬間、私は北境から王都へ駆け戻りたいという衝動を覚えたけれど、現実には冬の山道を馬で飛ばしても半日以上かかるうえ、ノアと眠った母を抱える北境施設そのものが無関係だという保証もないため、まず通信鏡を四系統へ増設し、現地指揮、資料保全、負傷者情報、認証記録を同時に確認できる臨時監査室を作った。「リア、先に言っておくが、今から王都へ戻ると言い出しても止めるぞ。これは心配だから閉じ込めたいという意味ではなく、お前が到着する頃には現場状況が変わっているうえ、襲撃側が北境からお前を引き離す目的まで持っている可能性があるからだ」 カエルが私から言われる前に説明したので、反射的に反論しかけた言葉を私は飲み込んだ。「私も今は戻りません。ただし、王都側だけで資料を選別すると、あとから何が本当に焼けたのか分からなくなるので、現場映像を切らずに残してください。それから消火より人命を優先することは当然として、職員へ資料を取りに戻るよう命令しないでください」「それはもうエリアスが命じている」 別の通信鏡に、煙の充満した監査院中央廊下が映っていた。 エリアスは院長服の上着を脱ぎ、口元へ濡れた布を巻いたまま、若い職員二人を非常階段へ押し出している。『第二資料階は捨ててください。複製がある資料は燃えて構いませんし、複製のないものでも人間より優先する資料はありません。名前を書いて戻ってきた人間は、火が消えたあと私が直接始末書を書かせますから、今は全員外へ出てください』 咳き込みながら避難してきた女性職員が、「でも院長、第一古層庫だけは原本しかありません」と訴える。『聞こえませんでしたか。資料は人間が作り直せる場合がありますが、あなたは燃えたら戻りません。私が院長命令として放棄を許可しますから、その責任まであなたが背負わないでください』

  • 運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました   第79話 エリアス院長は、私たちが探す前に白月遺跡の場所を知っていました

    第79話 エリアス院長は、私たちが探す前に白月遺跡の場所を知っていました エリアス院長から届いた通信要請を受けた私は、すぐ鏡を開くことも、逆に怒りに任せて拒否することもせず、まず添付されていた資料を最後まで読み、それからユアンへ「今回の会話は本人の同意を取ったうえで正式な監査記録として保存してください」と頼んだ。 白月第一誓約所の所在地を、院長は少なくとも四年前には知っていた。 正確には、現在の地図上で特定できる座標と、そこに番形成原典へ繋がる古い契約記録が残されている可能性を把握していたらしい。ただし院長自身が現地へ入った記録はなく、彼が添付してきた資料にも「原典そのものを直接読んだ」という証拠までは存在しなかった。 それでも、私が北境へ来る前に知らせる機会はいくらでもあった。 母の研究を調べ始めたとき。 白月について尋ねたとき。 月鏡の未来候補を発見したとき。 何より、院長自身が北境第三静養所へ近づくなと警告してきたときにも、第一誓約所という別の遺跡については一度も話さなかった。「リア監査官、通信準備が整いましたが、先に一つ確認しますか」 ユアンに聞かれ、私は資料から顔を上げた。「何をです?」「院長と二人だけで話したいなら、僕たちは記録装置だけ残して席を外せます。今回の件は監査対象としての聴取でもありますが、あなたにとっては十九年間に近い付き合いのある相手でしょうから、最初の会話だけ私的にしたいなら、その選択もできます」 以前なら迷ったかもしれない。 少なくとも、院長が何を考えていたのかを他人に聞かれる前に、自分だけで確かめたいと思った可能性はある。「いいえ。同席してください。私が感情的になった場合、そのこと自体も含めて記録してほしいです」「感情的になってはいけない、という意味ですか」「逆です。怒るなら怒って構わないと思っています。ただ、怒った結

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